お盆だから考えたこと



 

夫が退院して1週間になります。

 

経過は

お陰さまで順調ですが

 

怠さが抜けないようで

ゴロゴロしながら

日々を過ごしています。

 

 

今日は退院後初めての外来の日で

 

主治医いわく

移植後しんどいのは

ごく当たり前だそう。

 

 

そう聞くと

 

家で薬を飲んで養生すれば

少しずつ回復していくのだろうと

 

少し安心します。

 

 

そのうち

息子の若い細胞が取って代わり

 

夫の体の中で

活躍してくれることでしょう。

 

 

 

さて

これから世間は

お盆に入ると思うのですが

 

 

うちの住んでいる地域は

一足早く

お盆週間が始まっています。

 

 

そこで

 

例年のように

家族四人でお墓に出向き

 

お寺さんに

お経をあげてもらいました。

 

 

その2週間前に

息子たちと雑草をむしり

 

当日お花とお線香を供えました。

 

 

綺麗になった墓前で

お寺さんのお経の声を聞いていると

 

なにか大切な役目を果たしたようで

気持ちのいいものですね。

 

心改まるいい時間だと感じました。

 

 

ですが

 

夫と私が亡くなったら

 

このお墓は誰が守っていくのだろう

 

と、ふと考えたのです。

 

 

隣を見ると

誰も訪ねてくる人がいないのか

 

雑草がはびこり

こちらの敷地にまで伸びてきています。

 

 

お墓はあっても

お参りする人のいない

 

いわゆる無縁墓が

至る所に見られる現状です。

 

 

なんだか寂しいですが

 

これも時代の流れなので

仕方がないですね。

 

 

だから最近

「墓じまい」と言う言葉が

聞かれるようになったのでしょう。

 

 

私も考えずにはいられません。

 

自分が亡くなって

このお墓に入ったとしても

 

いずれは無縁墓になるのなら

 

生きている間に墓じまいをして

自分が入る場所を決めておこう

 

そう考えています。

 

 

 

私は

どこかで神様の存在は信じるけど

 

仏教徒でも神道でも

クリスチャンでもありません。

 

 

だから

 

お葬式に

お寺さんを呼ぶ必要もないし

 

戒名も要らないと思い

 

そのことを

息子たちにも伝えました。

 

 

宗教に頼らなくても

 

私は普通に

あの世に行けると思っているし

 

あの世から

こちらを見守ることだって

できるはずです。

 

 

法事でなくても

 

人は亡くなった人のことを

思い出すのだから

 

それで十分なのです。

 

 

生きている時と同様

 

亡くなった後も

型にはまらずにいたい

 

それが私の願いです。